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ホスタイル (駆逐艦) : ミニ英和和英辞書
ホスタイル (駆逐艦)[かん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

駆逐 : [くちく]
  1. (n,vs) extermination 2. expulsion 3. destruction 
駆逐艦 : [くちくかん]
 【名詞】 1. destroyer 
: [かん]
  1. (n,n-suf) warship 

ホスタイル (駆逐艦) : ウィキペディア日本語版
ホスタイル (駆逐艦)[かん]

ホスタイル (HMS Hostile, H55) はイギリス海軍駆逐艦H級
==艦歴==
グリーノックのスコッツ社で1935年2月27日に起工、1936年1月24日に進水、1936年9月10日に竣工。兵装などの政府が供給するものを除いた建造費用は25万3382ポンドであった〔English, pp. 102–03〕。就役後、地中海艦隊の第2駆逐群に配属。スペイン内戦中の1937年、ホスタイルは不干渉委員会の布告を実施するためスペイン海域を巡回した。1917年11月17日から12月15日までジブラルタルでオーバーホールを実施。1938、1939年はまたスペイン海域での巡回に戻った。スペイン内戦の終結後、ホスタイルはシアネス工廠で修理を受けた。ホスタイルは地中海に戻り、マルタ第二次世界大戦開戦を迎えた〔English, pp. 109–10〕。
10月、K部隊とともにドイツ通商破壊艦捜索に当たるためホスタイルはフリータウンに移された。ホスタイルと駆逐艦ハーディヘレワードヘイスティは12月17日に巡洋戦艦レナウン、空母アーク・ロイヤル、軽巡洋艦ネプチューンと合流した。それらはリオデジャネイロでの給油後、ラプラタ沖海戦後にウルグアイモンテビデオに逃れていたドイツ装甲艦アドミラル・グラーフ・シュペーが脱出を試みた場合に備えてラプラタ川河口へと向かった〔Rohwer, p. 11〕。ホスタイルは1940年1月26日から3月29日までチャタム工廠でオーバーホールを実施し、それから本国艦隊所属となっていた代2駆逐群に戻った。4月10日の第1次ナルヴィク海戦でホスタイルはドイツ駆逐艦ディーター・フォン・レーダーと交戦し、少なくとも5度命中弾を与えて大破させた。ホスタイルも1度被弾したが、損傷は軽微であった。ホスタイルは大破した駆逐艦ホットスパーロフォーテン諸島のFlakstadøyaに作られていた修理基地まで護衛した〔Haarr (2009), pp. 342–43, 352〕。ホスタイルは少しの間戦艦ウォースパイトを護衛し、それからロサイスに戻って4月27日から5月4日まで修理を行った〔English, p. 110〕。短期間ノルウェー海域に戻って再び戦艦ウォースパイトを護衛し、それから5月中旬にホスタイルは地中海艦隊に移った〔。
7月9日、カラブリア沖海戦に参加し、損害は受けなかった〔Rohwer, p. 32〕。8月22日、ホスタイルと駆逐艦ヒーローヌビアンモホークはジブラルタルへ向かいH部隊に加わるよう命じられた。その途中の8月23日早朝、ホスタイルはボン岬沖で触雷し損傷。爆発によりホスタイルの乗員5名が死亡し、3名が負傷した。モホークが生存者を救助し、ヒーローが2本の魚雷を打ち込んでホスタイルを沈めた〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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